家具は挑戦の幕開けを演出する「舞台装置」 ─ 松竹の劇場型オフィス「EIGHT」
日本のエンタテインメントの歴史を紡いできた松竹グループが、新たな挑戦の舞台として選んだ場所は、高輪ゲートウェイエリアの「TAKANAWA GATEWAY CITY」でした。
2022年設立の松竹ベンチャーズ株式会社(以下、松竹ベンチャーズ)が運営する、インキュベーションスタジオ「EIGHT(エイト)」。ここはシェアオフィスという概念を超え、スタートアップ企業と松竹グループが交わり、刺激し合い、新たなビジネスを共創する「舞台」です。
今回、この象徴的な空間の設計を手掛けたのは、建築設計事務所Open A(以下、Open A)代表・馬場氏を中心とするチームです。「松竹だからこそできる形で、スタートアップの成長をどう支援できるか」という問いに対し、導き出された空間のコンセプトは、まさにエンタテインメントの原点ともいえる「舞台」と「観客席」の関係性でした。
そして、日々変化し成長し続けるスタートアップの熱量を受け止めるための家具選びとして、インターオフィスの「サブスクリプション家具(fittingbox)」を採用いただきました。
歴史ある企業のDNAと、未知の可能性を秘めたスタートアップ、そして柔軟な家具の仕組みがどのように融合し、「EIGHT」という空間を作り上げたのか。松竹ベンチャーズ代表取締役社長・井上 貴弘氏と、Open A・馬場 正尊氏にお話を伺いました。
写真左から 馬場氏、井上氏
CVCが「たまり場」を持つ意義
松竹ベンチャーズの役割について伺うと、井上氏は「単なる投資にとどまらない」という点を強調されました。松竹ベンチャーズは、松竹グループのCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)として、スタートアップへの投資並びに共同での事業創出を担うために立ち上がった組織です。
井上:「日本のエンタテインメント業界が国内外から注目を集めるなかで、松竹だからこそできる支援の形を常に考えてきました。エンタメ領域を起点に、新しい価値や事業を一緒につくっていくこと。それが私たちの役割です。」
では、なぜオンライン全盛の時代にあえて物理的な「場所」が必要だったのでしょうか。その背景には、イノベーションを生むためには「人と人の交わり」が不可欠だという強い想いがありました。
井上:「オープンイノベーションを推進するには、自社だけではなく、様々なプレイヤーの方々も自然と集まれる『場』が必要だという問題意識がありました。互いに刺激し合える『たまり場』のような空間が欠かせないのです。」
「EIGHT」は、エンタテインメントに関わるスタートアップやクリエイターをはじめとしたプレイヤーが集い、挑戦するための「舞台」として構想されました。「世界につづく、花道に。」というスローガンを掲げ、日本発のエンタテインメントを世界に広げていくことを目指します。
舞台と観客席の関係性が「挑戦」を可視化する
プロジェクトの開始にあたり、松竹ベンチャーズからOpen Aへ共有されたコンセプトは、「新しいビジネスが生まれるオフィスにしたい。」というオーダーでした。入居企業と松竹が交わることで、執務空間の概念を超えて、次の事業が生まれる「場」をつくること。それが設計の出発点でした。
Open Aの馬場氏はこの与件に対し、非常にユニークなアプローチで回答しました。それは、空間全体を一つの「劇場」に見立てるという構想です。
馬場:「設計の大きな軸として、『舞台』と『観客』という構造を考えました。スタートアップの皆さんは、まさに挑戦の最前線に立つ『出演者』。一方で松竹ベンチャーズは、それを支え、応援する立場にあります。この関係性を、そのまま空間構造として表現できないかと考えました」
具体的には、スタートアップ企業が主役として演じる「舞台」と、松竹が見守り支える「観客席」が同じ空間に共存する構成です。これは、一般的なオフィスにおける「管理者と入居者」というドライな関係を超えた、より有機的なつながりを意図しています。
馬場:「EIGHTは『挑戦が可視化される場所』であってほしいと考えています。舞台に立つ人がいて、それを応援する人がいる。ときに主役が入れ替わり、ときに裏方に回る。そんな関係性が自然に生まれる空間を目指しました。」
井上氏もまた、この空間設計において「スタートアップの皆さんが本当に働きやすいこと」を最も重視したと言います。それに加え、松竹の新規事業部門も同じ空間に入ることで、両者が自然に交わり、共創が生まれることを狙いました。
日本のエンタメ文化を体現する空間 ── デザイナーの視点
「舞台と観客」という抽象度の高いコンセプトを、どのように具体的な空間デザインへと落とし込んだのでしょうか。馬場氏は、松竹が持つ資産や企業キャラクターについて丁寧なヒアリングを重ねる中で、「歌舞伎」や「映画」をはじめとする日本を代表するエンタテインメント文化に着目しました。
馬場:「分かりやすく、かつ象徴性の高いモチーフとして『歌舞伎の舞台構造』を空間デザインの軸に据えることにしました。」
実際に完成したEIGHTの空間には、これら松竹らしいアイコンが随所にちりばめられています。
まず、エントランスと会議室を飾る壁画は、実際の歌舞伎公演で舞台背景画を手がける歌舞伎座舞台株式会社の職人たちの手によるものです。 来訪者を迎えるエントランスには、松竹のシンボルである「松」に瑞々しい新芽があしらわれ、このオフィスを起点にスタートアップ企業が力強く成長していく未来の姿を象徴します。
壁画「松の諸相」(写真右奥)
歌舞伎座舞台株式会社 / 2025年製作
「実生の松から根引の松 伸びゆく新芽 松ぼっくり
昇り行く朝日と黄金色に輝く光」
また、3室ある会議室は歌舞伎の定式幕を構成する3色(黒・柿・萌葱)をモチーフに、それぞれのテーマカラーで家具を統一しました。各部屋に「雪・月・花」のテーマを設け、職人の手による壁画が空間に物語性を与えています。
壁画「雪月花 – 花 – 」
歌舞伎座舞台株式会社 / 2025年製作
定式幕の萌葱色をモチーフにした会議室
春の花々の初夏までの様相
写真手前のL字型のカウンターは、歌舞伎の舞台の花道をモチーフとした「花道席」です。実際の花道をイメージした素材を選定し、足元には昔の映画館や名画座を彷彿とさせる艶やかなボルドー色のカーテンをあしらいました。
写真右奥には、映画館のロビーにあるスナックスタンドの名称を掲げたドリンクカウンター「CONCESSION」があり、歌舞伎の場面転換に使われる廻り舞台から着想を得た回転台にコーヒーマシンが乗せられています。
「花道席」と「CONCESSION」は、松竹ベンチャーズ側とインキュベーションスタジオ側のどちらからでも使えるように設計されています。両者の間にあえてこの開かれた空間を設けることで、自然と人が集い、コミュニケーションが生まれる仕掛けとなっています。
オフィス全体をひとつの「劇場」と捉え、スタートアップを「出演者」、松竹側を「観客席」とする関係性の中で、社長席は「黒御簾(くろみす)」と位置付けられています。黒御簾とは、歌舞伎の舞台下手にある簾のかかった黒い部屋で、ここで芝居の進行にあわせて雰囲気作りや効果音を演出する音楽が演奏されます。実際に歌舞伎座を見学して着想を得たもので、「表に立つ挑戦者を裏から支える」という松竹ベンチャーズの思想を象徴しています。
オフィスの中央は廻り舞台をヒントとした円形の床面で、人が自然と集まる場となっています。舞台(スタートアップ)と観客(支援者)の距離を心理的にも近づける構成にしました。
このように、歌舞伎と映画、そしてオフィスという全く異なる文脈をあえてミックスさせることで「少しガチャガチャとした、でも活気のある空間」が生まれました。整理されすぎないエネルギーが、EIGHT独自の空気感を醸成しています。
fittingboxで「松竹のDNA」と「柔軟性」を両立
歴史ある企業の文化を体現しながら、柔軟に変化に対応する。このようなコンセプトの空間において、家具選びは非常に重要な要素です。今回、fittingboxのサブスクリプションサービスを採用いただいた理由について、井上氏はコスト面の合理性に加え、「導入のしやすさと柔軟性」を挙げてくださいました。
井上:「実際に使い始めてみると、『少し合わない』『使い方が変わってきた』と感じる場面も出てきます。サブスクリプションであれば、そうした変化に応じて家具を入れ替えられる。働き方やチームの成長に合わせて、空間もアップデートしていける。この柔軟さは、大きなメリットだと感じています。」
スタートアップ企業の成長スピードは速く、チームの人数や働き方は短期間で劇的に変化します。その変化に対し、固定的な家具を購入してしまうのではなく、サブスクリプションで対応することは、まるで演目(事業フェーズ)に合わせて「舞台装置」を入れ替えるような柔軟さを空間にもたらします。
設計者である馬場氏もまた、この仕組みを高く評価しています。
馬場:「設計者の立場から見ても、家具をサブスクリプションで導入できる点は非常に合理的でした。オフィスは、完成した瞬間がゴールではありません。人が入り、使われ方が変わり、必要な家具も変化していきます。最初から固定しない前提で空間を設計できることで、変化を前向きに受け入れられる余白が生まれました。」
結果として、EIGHTという空間自体が、成長し続けるスタートアップにフィットする構造になっています。実際に入居したスタートアップの方々からは「とてもきれいで使いやすい」「気持ちよく働ける」といった評価をいただいており、松竹のDNAを継承したクリエイティブな空間が、働く人のマインドにポジティブに働いていることが伺えます。
次の時代を作る意思。それが「EIGHT」
完成したEIGHTは、すでに多くの利用者から好評を得ています。井上氏によると、利用者からの声だけでなく、松竹グループ内の別拠点で働くメンバーからも「羨ましい」という声が上がっているそうです。
松竹ベンチャーズ、OpenAのスタッフの皆様
「空間そのものが、自然と前向きな気持ちを引き出してくれている実感がありますね」と井上氏は笑います。
今回の取材を通して強く感じたのは、EIGHTが松竹という企業が本気で次の時代を作ろうとする「意志」の表れであるということです。歌舞伎の伝統を継承しながらも、それを現代のスタートアップ支援という文脈で再解釈し、空間に落とし込む。その過程には、過去と未来をつなぐ確かなストーリーがありました。
井上:「EIGHTを通じて実現したいのは、スタートアップと松竹、そしてエンタテインメント業界全体が交わりながら、新しい価値を生み続けるエコシステムです。ここを起点に、日本発のエンタメや事業が世界へと広がっていく。そのための『挑戦が生まれる場』であり続けたいと考えています」
この場所が、新しいビジネスや物語の幕開けになる。馬場氏の言葉通り、EIGHTという舞台でこれからどのようなドラマが演じられ、世界へ羽ばたいていくのか。fittingboxとしても、変化し続けるこの舞台を、柔軟な家具の力で黒子のように支え続けていきたいと思います。
井上 貴弘氏 プロフィール
松竹ベンチャーズ代表取締役社長
1990年阪急電鉄株式会社(現・阪急阪神ホールディングス株式会社)入社。2005年松竹株式会社入社、インターネット事業担当部長。2011年松竹芸能株式会社、及び松竹エンタテインメント代表取締役社長。2022年松竹株式会社常務取締役(2023年より同社取締役常務執行役員(現任))、松竹ベンチャーズ株式会社を設立し、代表取締役社長に就任(現任)。慶應義塾大学卒、米国コーネル大学大学院修了。
馬場 正尊氏 プロフィール
オープン・エー代表取締役/建築家 /東北芸術工科大学教授
1968年佐賀県生まれ。1994年早稲田大学大学院建築学科修了。博報堂、早稲田大学博士課程、雑誌『A』編集長を経て、2003年OpenAを設立。建築設計、都市計画、執筆などを行い、同時期に「東京R不動産」を始める。2008年より東北芸術工科大学准教授、2016年より同大学教授。2015年より公共空間のマッチング事業『公共R不動産』立ち上げ。2017年より沼津市都市公園内の宿泊施設『INN THE PARK』を運営。
近作は「Slit Park YURAKUCHO」(2022)「iti SETOUCHI」(2022)など。近著に『テンポラリーアーキテクチャー:仮設建築と社会実験』(学芸出版社、2020、共著)、『パークナイズ:公園化する都市』(学芸出版社、2024、共著)、『あしたの風景を探しに』(どく社、2024)など。
(取材・文:fittingbox編集部)
