オフィスから始まる、地球中心のクリエイティブ──持続可能な選択をどう実現するか
広告やカルチャーの第一線で、数々の話題作を手がけてきたクリエイティブディレクター・佐藤カズ一さん。
そんな彼が、自ら立ち上げた「地球中心デザイン研究所(ECD)」のオフィスづくりにおいて貫いたのが、“地球中心”というコンセプトでした。
長年のキャリアのなかで、「これまでの“当たり前”を考え直さなければならない」という思いに突き動かされた佐藤さん。
大学院での学び直し、そして育児との両立を通じて、地球環境や社会、働くという行為そのものを、深く見つめ直すようになります。
その過程で生まれたのが、“人間中心”ではなく“地球中心”という新たな視点。
本記事では、“地球中心”という視点に至った背景を軸に、価値観の変化とそのきっかけをひも解いていきたいと思います。
子どもの背中を見て、初めて本気で未来を考えた
今回、大学院での学び直しに踏み出したきっかけを教えてください。
佐藤さん:広告やミュージックビデオなど、フィールドはいろいろですが、ずっと“ものを作る”という仕事をしてました。その中で考えていたのは、いかに企業のビジネスを伸ばすか、話題にするか、物を売るかという事ばかりでした。
それ自体は当時の時代背景もあるし、間違いだとは思っていませんが、ある日公園で子どもと遊んでいた時に「この暑さ、10年後20年後も続いたら、この場所の景色はどうなってしまうのだろう?」と考えたんです。

そこから、「学び直そう」と?
そうですね。これまで自分が関わってきたビジネスやクリエイティブの力を、「経済の加速だけではない方向に活かせないか」と考えたのが、学び直しをしようと思ったきっかけです。環境というテーマは、科学や生物など、さまざまな分野の知識が複雑に絡み合っています。だから本を読むだけでは限界があると感じて、大学院で学ぶ事にしました。
会社からは「休んでいいよ」と言ってもらえたのですが、実際は少し仕事も続けながら子育てもしていました。学業が100%、仕事が30%、育児が100%といった感じでしたね(笑)。
それでも、行って本当によかったと思っています。さまざまなバックグラウンドを持った人たちと出会う中で、「考え方の解像度」がまるで違うということを、肌で感じる事ができました。
特に印象に残っているのが、“問いの立て方”です。アカデミアの世界では、「その根拠は?」「データはあるの?」と、常に問い返されます。これまでは、クリエイティブの現場で「絶対これがいい」と思ったら、それを説得して通してきました。根拠を示さなくても、それが自分の経験値に裏付けされた能力であり、信頼されていた部分でもあったんです。
でも、そうした“直感と感性”とはまったく異なるルールで動く世界がある。だからこそ、思考をアップデートすることの大切さを強く感じました。
問いを変えなければ、社会も変わらない
学び直しを通して、見えてきたものとは?
佐藤さん:僕たちが暮らしている生活とか仕事など、生きている世界というのは、ある種の“システム”でできているんですよね。会社だと、仲間と働いて、月々決まった給料をもらう、いい仕事が続くと、給与が増える。自分の暮らしもアップデートされる。そういうシステムの中で生きている。食料を買って食べることも、人の移動も交通というシステムの中で動いている。同じように地球環境もシステムでできていて、どこかがバグるとシステムエラーになり、どこかが崩れる──。そんな脆さがあるんだなということに気づいたのは、大きな発見でした。
広告業界での仕事を振り返ると、僕らもこれまで多くの“社会課題の解決プロジェクト”に取り組んできましたが、その多くはノイズを高めて注目を集める事で、問題へのアウェアネスを喚起するというアプローチでした。新しいナラティブを通じて行動変容を促したり、プロジェクトを総括したとて、それって果たして“本質的な解決”だったのか?と思うようになりました。システムの変革には至っていないのです。

たとえば、アパレル業界の話があります。環境省が「服の廃棄を減らすためにリサイクルを」と呼びかけ、不要な衣服を回収する取り組みを進めていますよね。でも詳しく調べてみると、衣服のライフサイクル全体において、廃棄時のCO2排出量は約0.2%ほどしかありません。実は、生産段階、つまり糸をつくる・染める・加工するという工程で、全体の約90%以上のCO2が排出されているんです。
これではいくら回収を頑張ったとしても、気候変動へのインパクトはごくわずかしかない。また回収された服の多くは海外に送られ、雑巾になったり、結局は焼却されたりしています。その過程でも、多くの業者が間に入り、選別が行われている。
そういう一連のシステムを知ったときに、「衣類の回収って本当に持続可能な仕組みなのだろうか?」、疑問を持たざるを得ませんでした。
そうやって、“システム”という視点で全体を見てはじめて、本質的な課題が見えてくる。ボトルネックを見誤ってしまうと、どれだけお金や知恵を注いでも、本質的なところは変わらない。それが、自分にとって最も大きな思考の変化だったと思います。
家具を“つくらない”という選択肢〜循環の仕組みとして家具をとらえ直す

家具に対する考え方にも、学び直しが大きく影響しましたか?
佐藤さん:はい。ECDを立ち上げるときも、最初は「再生素材の家具を使おう」と思っていたんです。でも実際には、100%再生素材の家具って意外と少ない。あっても強度や仕上がりに課題があったり、また素材によっては、生産する過程でより多くのCO2を排出していたりして、なかなか採用には至らなかった。
スタッフが選んでいた再生素材の家具も、もちろん悪くはなかった。ただ、「再生素材を使っている=サステナブル」と盲目的な捉え方は、どこか表面的な気がしていて。
そんなとき、うちのスタッフに「インターオフィスさん、オフィス家具のサブスクやってますよ」って言われて。「それ、もっと早く言ってよ!」って(笑)。
正直、それまで僕の中では、一般的なオフィス家具のサブスクというと、“デザインや機能的に自分たちの空間に合わないもの”という印象があって、選択肢には入っていなかったんです。
なので、インターオフィスさんが扱っている家具がそのままサブスクで使えると知って、すごく新鮮でした。デザインや快適性、機能性も妥協しなくていいし、何より「使い終えた家具がまた誰かに使われていく」という循環の仕組みが、僕たちの目指すサステナブルの姿勢にフィットしていると感じました。

現時点では、再生素材で強度もデザイン性も兼ね備えた家具を揃えるのは、難しい部分もある。だからこそ、壊れたら終わりではなく“誰かが使い続ける”という視点で家具の「使い方のシステム」ごと捉え直す事が大事だと思っています。今は、そうした仕組みを選ぶ事が、最も実効性が高い段階。今、このトランジションのステージではサブスクが最も地球中心的な選択だと思いました。
循環の視点で考える、最適な“選び方”
家具に限らず、車や服、場合によっては住まいなども、「買う」より「借りる」ほうが環境負荷を抑えられるということなんでしょうか?
そうですね、物によってケースバイケースかなと思っています。たとえば「サブスク」という仕組みも、広く見ればサーキュラーエコノミー(循環経済)の一形態に含まれると思っています。
イギリスのエレン・マッカーサー財団という組織では、循環型経済の基本原則として、3つの柱が大事だと言われています。
1つ目:「リデュース(Reduce)」資源を新たに使わない、無駄な物をつくらないという発想。
2つ目:「サーキュレーション(Circulate)」今あるものをゴミにせず、循環させる事。
3つ目:「リジェネレート(Regenerate)」使い終えたものを土に還したり、新たな価値を生み出したりする再生の視点。

住まいでいうと、たとえば「賃貸がいいのか、購入がいいのか」という議論がありますよね。お金の面だけでなく、住む地域、家族構成、働き方など、さまざまな条件によって最適な選択は変わる。
住まい方の選択肢も多様化していますが、その中でも、既存の建物を活かして暮らすというのは、サステナブルな視点でも注目すべき選択肢だと思っています。たとえば、地方にある古民家を、内装だけ今っぽくリノベーションして住むのは、まさにリデュースでありサーキュレーションですよね。家を壊さず、構造を活かしながらパーツだけ取り替えて使い続ける。そういう考え方の方が、むしろ持続可能性があるかもしれません。
車に関しても、基本的には中古で誰かの手に渡っていく感覚で見ているので、完全な廃棄になるとは思っていませんが、一方で毎年のように新車が販売されている現実もある。
また、若い世代は車も「所有」より「利用」でとらえている印象があります。僕自身は、車を家族で使うことも多いので、サブスクするのはまだ少しピンと来ていないけれど、サービスが進化すれば、今後は考え方もどんどん変わっていくかもしれません。
広告もまた、未来をつくる営みに
現在取り組まれている広告事業について伺います。企業の利益を最大化することを前提にしてきた広告と、「地球中心」の視点は一見すると対立するようにも見えますが、それを融合しようとされている背景には、どのような想いがあるのでしょうか?
佐藤さん:「地球中心」という言葉は、地球だけを大切にして人間を除外するような二項対立的なものに捉えられがちですが、私たちはそう考えてはいません。人間も、自然も、資源も、地球に関わるすべてのステークホルダーがウィンウィンになれるシステムをつくっていく。それが「地球中心」の考え方です。いや、むしろそうでないと、この先地球はもちません。
広告のような経済活動においても、企業にとっても売っているモノやサービスが、経済的にも地球的にもプラスになる──この両立が実現できたら、シンプルに最高じゃないですか。
「三方よし」という考え方がありますよね。売り手・買い手・世間の三者が良くなるという。そこに自然や資源といった存在を加えて、いわば“六方よし”のような考え方に広げていくイメージです。簡単な事ではないですが、あえてそのハードルを自分たちに課しています。

僕らの子供たちの世代が、これから生きていく20年後の未来は、今よりもさらに気候的な弱者になる可能性が高い。急激な気温変化に起因した生活における様々な制約、例えば、食べたいものの値段の高騰したり、雪山がなかったり、サンゴ礁や豊かな生態系が減り、行きたい場所、したいことにもブレーキがかかる。科学的にも、そういう未来が迫ってきている。だから、経済や人間だけに最適化したシステムという選択肢は、もはやない気がするんです。
そうした意識の変化は、広告を発注する側の企業にも広がっているのでしょうか?
はい、実際にそういう方向に舵を切る企業が少しずつ増えてきていると感じます。経営方針そのものを見直す企業もあれば、「どうせやるなら、ちゃんと意味のあるものを」と、クリエイティブの上流から一緒に考えていこうという姿勢で相談いただく事もあります。
なかには、ESGのような株主や社会的責任への対応として動いている企業もありますし、採用活動での優位性、家族に誇れるようにという社員の声から始まっているケースもある。動機はさまざまですが、「このままではいけない」という気づきが、いろんなところで生まれていると感じます。
変化のはじまりは、オフィスから
社会課題に向き合い、サステナブルな姿勢を持ち続ける中で、最初の一歩に悩む企業も多いと思います。そうした企業へ、何か伝えたいメッセージはありますか?
佐藤さん:企業のトップが「こういう会社にしていきたい」と語るのは大切ですが、現場の上司からは「今月2億稼いでこい!」とプレッシャーをかけられる(笑)。このように、現場実際の社員の思いや行動とズレていると、「経営層だけが何か言ってる」という心理的ギャップに繋がる。その距離を縮めるために、僕は「オフィスのあり方」がすごく重要だと思っています。
オフィスが変われば、生産性も思考のパターンも、付き合う相手も変わる。空間が示す方向性って、それくらい大きいんです。
どんな機能を持たせるか、どんな働き方がイメージ出来るか。オフィスは、単なる“働く場”じゃなくて、その企業の価値観や文化を体現するメディアでもあると思います。
これからは「共創」の時代。たとえ競合関係にあっても、目的が同じなら協力し合う場面は増えていくはずです。そうなると、外とつながれない閉じたオフィスって、やっぱり変ですよね。
でも実際には、そういった“閉じた空間”がまだまだ多いのが現状ですよね。
佐藤さん:多いですよね。でも、たとえば「外に開かれたオフィスにします」って宣言したら、「なんで?」ってなる。でもそこでちゃんと意味を共有できれば、少しずつ空気は変わっていくと思うのです。
会社の方向性と空間のあり方が接続されることや、そこにきちんと設計された接点が生まれれば、最初の一歩を踏み出せます。
もちろん、オフィスを変えるのはコストも労力もかかります。でもそれは“外に向けた姿勢”でもあり、内部の文化を変える大きなきっかけにもなる。そして、その変化から生まれる生産性の向上や新しい関係性は、きっと想像以上の価値があると思います。
それを、僕たち自身がいま実践しています。

オフィスは、つくって終わりじゃない。
「変わり続ける意思」を形にするものなのだと、佐藤さんの言葉から気づかされました。
次回は、この空間の設計を手がけた建築家・保坂さんと佐藤さんの対話をお届けします。
“地球中心”という思想が、どのように空間というかたちに落とし込まれていったのか。
そのプロセスに込められた想いを、じっくりひも解いていきたいと思います。
佐藤カズー
1973年生まれ。大手レコード会社、外資系広告会社を経て2010年9月にTBWA\HAKUHODO入社。2024年10月に地球中心デザイン研究所(ECD)を設立し、持続可能なクリエイティブ・システムの構築を目指している。広告のみならず、プロダクトやサービス、建築など公共施設のデザインなども手掛ける。また、カンヌライオンズなど国際クリエイティブ賞の受賞数は数百を超え、審査員、審査員長なども歴任。Campaign誌 アジアクリエイターオブザイヤー受賞。地球環境学修士。慶応義塾大学院 SDM未来社会共創イノベーション特任准教授。
